規制をはずすと自由への意思が生まれる

世の中の大きな組織や仕組みが壊れてきた感があります。
出来たときには、たくさんの人に役立つものとして歓迎され、喜ばれるものがいつしか時代に合わなくなったりします。
また組織や仕組みを維持することが目的となってしまい、世の中に役に立っているのかいないのか、わからないものになってしまうことがよくあります。
資本主義や行政の仕組み、政治の仕組みの大立て直しが迫られる大きな時代のはざまにあって、学校という機関も時代の動きと無関係ではありえません。

世界の歴史上例を見ないスピードで進み続ける日本の少子化、高齢化。
国が抱える1000兆円を越える巨額の債務。
土地や証券など不労所得を持つ人が勝ち、それらを持たない人が負け組として固定化される。
そんなあさはかな人間観がちょっと前まで、日本をむしばんでいました。
今でも油断すると頭を出してきます。
いったん傷ついた人の心は容易に立ち直りません。
萎縮したままです。
活力、元気を人の心の中に取り戻すために、さて何が必要か。世の指導者たちは考えました。
それが「自由」なのです。世界の歴史でも国の力が衰えたときに必ず持ち出されるのが「自由」です。
人の活力を押さえつけていたふたを取り除き、本来のパワーを引き出す。
それが規制緩和だったのです。

構造改革といわれるものの本質は、規制を絶えず見直し、人々の中に眠っている自由への渇望を抑えるふたをはずすことだと私は思うのです。
負け組が固定化しない。
一方で勝ち組も固定化しない、のが健全な社会です。
かつて人類の歴史の多くは、自由な意思や自由な主張が言えないものでした。
近代になり、法的に整備され、今では個人が尊ばれる時代になりました。
しかし、そんな時代でありながらも私たちはつい自分の意思ではなく他人の意思に従い、「君の意見は?」と聞かれて「前の人と一緒です」と言ってしまうことがあります。
もちろん、行き過ぎた規制緩和による事件や事故もときとして起こります。
自由へのパワーを引き出し、世の中のよどんだ空気を一掃しようとすると、出過ぎた規制緩和のひずみとか歪みといった現象が時代のはしばしで起きてきます。
またそれらをマスメディアが殊更叩き、部数や視聴率稼ぎに利用されます。
しかし、社会は意外と健全に機能します。
自由のはき違えをした、勘違いをした人ははじかれるように出来ています。
自浄作用がりっぱにはたらきます。
ゆり戻し現象は起きるとはいえ、規制緩和自体に問題があるはずがありません。
間違った自由の発揮や「人の暮らし」や人のぬくもりや人の心に無頓着な人や組織が繁栄できるはずがないのです。
規制緩和や人間の持つ自由や、主体性が尊重されることによって、社会はどんどんよくなるはずです。
一人ひとりの人間が自由で、自立する社会が世の中を良くしていくのです。
楽観的すぎると批判されるでしょうか。
いつも思い出すのは、福沢諭吉のこんな言葉です。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へリ」。
何を言っているか、よく読んでみると、人は生れ落ちて人になるのではなく、学問をして「独立心」を持ったときをもって人になるのだ、と言っています。
『ひヾのをしへ』(日々の教え)の中ではもっとわかりやすく言っています。
「なるたけ人のせわにならぬよふ(中略)、じぶんにてできることは、じぶんにてするがよし。
これを西洋のことばにて、インヂペンデントといふ。
インヂペンデントとは、独立ともうすことなり。独立とは、ひとりだちして、他人の世話にならぬことなり」。
でもそれは卒業してからでいいと私は思います。
明蓬館高等学校に在籍しているうちは、生徒達は保護者、学校関係者の力を遠慮なく大いに活用すればいいと思います。
焦る必要もありません。
人はいつか独立していかなければなりません。
それまで人の世話になることです。
むしろどんなときにどんな人にリクエストすればよいのか、リクエストスキルをしっかり磨くことだと思います。

※『学問のすすめ』(檜谷昭彦現代語訳 三笠書房刊)参照

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