不登校傾向にある子どもの実態調査から見える教育課題




理事の北本です。

先日、日本財団さんが「不登校傾向にある子どもの実態調査」を発表し話題となりました。
中学生(12歳~15歳)に絞り、文部科学省が定義する不登校児童生徒に加え、学校に馴染んでいないと思われる子ども達の実態を調査したもので、この調査で「不登校傾向にあると思われる中学生」は約33万人に上ることが初めて浮き彫りになりました。これは全中学生の10人に1人という計算になり、現在中学生の不登校は10万人というデータが出ているので、不登校傾向にある子はその3倍もいることが分かります。

今の日本では、どうしても「不登校」と「ホームスクール」を切り離して語ることができません。
個人的には全く違うものだと考えておりますが、積極的不登校以外の何らかの原因があってスタートされるホームスクールは多いと実感しています。
子ども達が学校で居場所を失うとき、そこに関連する様々な原因は多岐にわたりますが、学習面での課題、発達障害、学習障害、いじめ、友人とのトラブル、先生とのトラブル、家庭問題など、それぞれの問題が個別に存在する場合もあれば、数珠繋ぎで存在している場合も多くあります。
こうしたトラブルの根が深いと、ただでさえ難しい学校外での学びの機会の確保がより難しいものになっていくでしょう。
その中でも今回の調査では学習面での課題が多くみられましたが、その具体的な内容に目を通しますと、とても大きく深い問題が背景にあると感じました。それは学校を辞めたら解決できるというものではなく、保護者による学習者へのサポートが正常にされていない可能性です。

今回の日本財団さんの調査で不登校傾向にある子供たちの”中学校に行きたくない理由”は、身体的症状以外の要因では「授業がよくわからない」「良い成績がとれない」「テストを受けたくない」など、学習面での理由が多く挙げられました。
これは個別学習指導が適切に行われた場合、もしくは保護者が教育について高くアンテナを張っている場合、すぐにでも解決できることですが、現状の学校組織の中では、そういった子ども達のサポートに手が行き届いていないばかりか、保護者の意識も低いことが浮き彫りになったと思います。
調査のアドバイザーを務めた不登校新聞の石井さんはご自身の書かれた記事(※1)の中で「教室に入れず3年間、階段の踊り場ですごしていた」(東京都)「学校へ行くと体調不良になる日が半年間、続いた」(岩手県)という実例を挙げられ、「その子たちにとっては学校が「機能不全」になっていると言わざるを得ません。」と指摘されています。保健室登校をはじめ、教室外登校のように形だけで学校に繋ぎとめられている子ども達を私も多く見てきましたので、その実態は本当に深刻だと感じています。
その形だけの出席扱いには、中学で不登校になった場合に高校進学をまず不安視する保護者が多くいることも背景にあるのではないかと個人的には感じています。そして、不安要素を拭うだけの選択肢が今の日本に存在することをご存じでない保護者が多いのではとも。

実は今回の調査結果を受けて、私の周りでは多くの方が「学校」について言及しております。
そのほとんどが「学校」と「学校外」を大きく区別し指摘するものでした。
「学校には行かなくてもいい」という結論に至るものも多く、「学校はなくてもいい」と仰る方もいらっしゃいました。現状の学校の問題を紐解いていけばそのような意見になることは致し方ないのかもしれませんが、私の個人的な考えでは、学校はあった方がいいと思っています。
我が家がホームスクールをしていることを伝えると、学校という組織自体に反発を持っている家庭だと勘違いされることも度々ありますが、学校という存在を否定した結果ホームスクールという選択をしたわけではありませんし、私自身も学校という学び場で育ち、友達にも恵まれ、学校行事や部活動で得られる経験は何にも代えがたく、学校という存在の大切さは実体験を通して感じています。ただ、我が家の子育てを通じて、また、多くのご家庭のご相談を受けて、学校外での学びの大切さも同様に感じているのです。
だからこそ「学校」と「学校外」という二極だけで捉えるのではなく、どの学び場においても「学習者自身の学びの機会の隔たり」をなくすことが重要ではないかと思っています。

先日、登壇させていただきました「Edvation x Summit 2018」で経産省の方からこんな質問をされました。
「ホームスクールをこれからもっと世間に認めてもらうための最後のピースって何だと思いますか」と。
私は、子どもに関わる多くの方の「意識の改革」が必要ではないか、と答えました。当たり前を見直すこと、自身の考えと違う考えに意識を転換してみること、それらは学校外の学びを選択する子ども達に関わる大人全てに必要なことだと思います。
その具体例として「和して同ぜず」の私の考えを述べさせていただきました。
多くの方は、学校という場に子どもを入れている意識でいるかと思います。だから学校に合わなくなれば合わない方が出ていかなければならない状況なのです。その意識を変革しなければならないと思っています。
学校という組織の中に子ども達ひとりひとりがいるのではなく、子ども達ひとりひとりの存在が学校という組織を作っていると理解することです。
「和」の中に「個」があるのではなく、「個」の集まりが「和」であることへの意識です。
社会は人と人との繋がりで出来ています。法治国家の日本で、それぞれのコミュニティの規律の中で生きていくことはとても重要でしょう。ただそれは「個」があって成り立つものであり、「個」を無視して成り立たせようとすることは独裁政権と変わりがありません。
だからこそ、子ども達は色んな学び場に属するべきで、それを一つの学び場が足枷となり縛り付けることがあってはならないのではないかと思います。

よく「ホームスクールでは社会性や協調性が育たない」と言われます。それはとても大きな誤解です。
社会性とは自分と社会を繋ぐ姿勢であり、協調性とは自分を失わずに人を思いやれる心だと私は思っています。
それは、ひとつの学び場に縛られず、自分の居場所を見つけ、多くの人と関わりを持ち、それぞれの場で順応していくホームスクーリングでは、社会性と協調性を本当の意味で学んでいくことができます。

いま不登校傾向にある子供たちと、不登校になった子供たちに必要なことは、そういった学習権の根本的な部分を開放してあることことかもしれません。それはそのまま、その子自身の「個」を認めてあげることに繋がります。
当協会の認定校でもあるYES International School東京校に通う不登校児童の中には、ここで居場所を見つけ「自分は自分らしくいていいんだ」と元気になり、自然と在籍校に復学した子が何人かいます。
学校に合わせる学び方ではなく、自分に合った学び場と学び方を選択していく。それを否定しない学校と社会と、親。
その意識のアップデートが、今まさに、とても必要なことだと思うのです。

 

※1
記事「不登校傾向の中学生は不登校の3倍、10人に1人は教室に居場所がなく」https://news.yahoo.co.jp/byline/ishiishiko/20181212-00106948/