アンスクーリング

アンスクーリングとは




こんにちは。当協会理事の北本です。

最近よく「アンスクーリング」について聞かれるようになりました。
私が本などで少し見聞きした話では、アメリカではムーブメントが起きていてアンスクーリングを選択する家庭が増えているとのことです。
そこで、私が個人的に書いているブログからアンスクーリングについての記事の転載をします。(少し追記、修正してあります。)
参考になれば幸いです。

ホームスクールとは

まず「ホームスクールとは?」と未だに聞かれることがあるので簡単にご説明しますと、学校には通わずに自宅を学習の拠点として学ぶ学び方です。
アメリカでは2015年の統計でホームスクーラー(ホームスクールを実施する児童または世帯を指します)の数は200万人を超え、現在全州でホームスクールが何らかの形で法的に容認されています。

アメリカだけではなく世界各国にその教育の流れは広がっており、日本でもホームスクーラーは増加傾向にあります。最近ではホームスクーラーが大手メディアからも取材されることも増えてきました。
不登校が12万人を超え、社会問題化している日本においてホームスクールという学び方を選択する学習者自身も増えていくと考えられます。

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ホームスクーラーの中には地域の公立学校に籍を置き、たまに登校している方もいれば、全く登校しない方もいます。
学び方はご家庭やその子ひとりひとりにより様々です。
学校でやることと同じようなカリキュラムで進めていく方法をとる方もいれば、子どもの主体性に沿って自由に学ぶスタイルを選ぶ人もいます。

アンスクーリングとは

ホームスクールをするご家庭の様々な学び方の中で、「アンスクーリング」という学び方を選択しているところがあります。我が家の末娘もアンスクーリングです。
元々はホームスクールの主唱者でありアメリカでのホームスクール運動を主導したアメリカの教育者ジョン・ホルトが提唱した学び方です。

アンスクーリングは「教育とは学習者主体であるべきだ」との考えで子ども達自らの好奇心や探究心によって学び続ける学び方です。

子どもの主体性に徹底して寄り添い、その探究心から発生した学びを親が手助けし深める学び方なので、子どもが何かに興味を持つまで親は教えません。
読み書き算盤も、子どもが「学びたい!」となるまで教えません。

そうすると本当に何も勉強しないまま生きていくことになるのではないかと心配される方もいます。

しかし、私の経験上、興味の芽が出ない子どもはいません。
「花はなんで綺麗なんだろう」
「どうして冬は寒くて夏は暑いの?」
「朝ごはん食べたのにお昼になるとまたお腹すくのは何で?」
「夜は鳥の鳴き声が聞こえなくなるのは何故?」
生活の中での小さな疑問、探究心は子どもは常に持っています。

先日、我が家の末娘は「人はなぜ話すことができるのか」という問いを持ちました。場面緘黙症の彼女が不思議に思った自然な問いでした。

そこから「声」や「脳」についての探究が始まりました。
そうこうしているうちに、自然と「この漢字はどう書くんだっけ?」とか「この字は何て読むの?」と読み書きにつながっていきます。
そしてまたある時は、おせんべいの大袋を買った末娘が「3枚で20円で売ったらみんな買いに来てくれるかな?」と言いました。
おせんべいは20枚入りで160円。
私「そうだね、でも全部売れても、あなたに儲けはないわね」
末娘「なんで?」
私「計算をしてみようか」
そんな風に掛け算、割り算がスタートしました。

アンスクーリングでは、教科型学習のドリルなどに書いてあるような「おせんべいが20枚入っている袋が160円で売られています。おせんべいは1枚あたりいくらですか?」という出題を先にしません。
子どもの問いが学習のスタートです。

日常の中に持った疑問や好奇心、探究心を親が聞き逃さないようにします。
それらをどうやって拾って深掘りし学習の手助けをするかなのです。

もちろん、親が博識である必要もありません。
一緒に「なぜ」を追求していきます。
アンスクーリングは教えないことではないのです。
一緒に学ぶこと。
そして親が教えてもらう側であるとも私は思っています。

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アンスクーリングはネグレクトではない

さて、アンスクーリングを行う学習者が小学生以下である場合「学校や地域の方からネグレクトと間違えられるかもしれない」と心配する方がいます。

教科型学習をしていないからです。
教科書やドリルを使うことはあっても、それを基準に学ぶのではなく、必要な時にそれらのツールは登場し、必要のない場面では隅に追いやられるものです。
教科書は学びの主役ではない。

でも教科書を使わないからと言って「教育をしていない」ということではありません。先ほどの例をとってみても「教えない」という表現は全く違うという事はお解りいただけるかと思います。
そして、アンスクーリングのご家庭と対面し実際にお話した時に、子どもを見れば明らかに違いが分かるものです

「アンスクーリング」という表面上の言葉の意味だけを掬えば「子どもを学校に行かせていない?」「家で教科書もドリルもやっていないの?」「教育放棄?」「ネグレクトかも?」とかなり話が飛躍されることもありますが、大きな誤解です。

「アンスクーリング」という言葉を盾に放置目的でホームスクールを選択する親はすぐに見抜けるはずです。それだけこの学習スタイルは安易に選択が出来ないほど高度だと思います。

どのような親がアンスクーリングを選択しているのか

アンスクーリングを選択する親は、フットワークの軽さと住む土地に合った経済力は必須です。
そしていわゆる教科型学習の基礎学力の習得順序にズレが生じても根気よく子どもの探究心を待つ忍耐力は絶対に必要でしょう。

私が知る限り、本来の意味でアンスクーリングを選択する親は教育哲学がしっかりしている方が多いです。そしてビジネス書なども読み、熱心に勉強していらっしゃる方も多い。

それは子どもたちの教育の先に社会があることを分かっているからです。
そして彼らは子どもと社会との繋がりを求め、子どもを家に閉じ込めることはしません。むしろ積極的に外へ出向きます。人と関わります。
そこは家に子どもを隠す傾向にあるネグレクトとの大きな違いです。

アンスクーリングのご家庭こそ、社会と繋がりを持ちます。持とうとします。
地球に敬意を払い、社会と繋がり、未来を創造する為の「アンスクーリング」だと私は思っています。

よく、ホームスクールでは社会性も協調性も育たないと人は言います。

本当にそうでしょうか?

社会性とは、 自分と社会を繋ぐ姿勢です。
協調性とは、 自分を失わずに人を思いやれる心です。

ご説明したようにアンスクーリングは探究心や好奇心など主体的な動機で「世の中」や「コミュニティ」そして「人」と繋がる学び方です。

社会性も協調性も純粋に育っていくことができます。

 

法的にはどう捉えられるのか

「義務教育は親の義務でしょう?」
「学校に行かせないのは法律違反ではないの?」

そんなことも聞かれるます。

教育法規を学ぶと分かりますが、これはどの法をどう捉えるか、またご家庭が籍を置く一条校とどう関わっているか、または行政とどう関わっているかで法的なトラブルにはなりません。

つまり私の考えではホームスクールは法律違反にはなりません。
もちろんアンスクーリングも。
立派なオルタナティブ教育のひとつです。
この件に関しては会員の方には、個別相談も承っておりますので、もしお困りのことがありましたらご相談ください。

いま多様な学びを認める動きが国としても、また民間ベースでもある中で、ホームスクーラーももっと認知され学びの機会が確保されていくべきだと考えています。

当協会でも、その為により多くのサポートが出来れば幸いです。